So-net無料ブログ作成
宛名のない手紙 ブログトップ

271)剥奪と服従と軟禁―怨念と復讐 [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「剥奪と服従と軟禁―怨念と復讐」 について書きたいと思います。

重いタイトルを付けてしまいました。
それは、
日々のクライアントとの面談を通し、その叫びの根底に程度の差こそあれ、これらの環境が見えてくるからです。
そこで、今
≪子どもに「怨念と復讐」を抱かせる環境になっていないだろうか?≫
と問いかけてみたいと思います。。

「躾け」という名のもとに、あるいは「子どもの将来のため」の名のもとに
それとは気付かぬうちにしがちなこと。
1.選択の強制と制限=選択の剥奪
2.親の言うことを聞く=服従
3.行動範囲の限定=監禁または軟禁
が、考えられます。

これらの延長の先には
「怨念」と「復讐」が見え隠れしている気がするのです。
そして、
いつか必ず仕返しをしてやりたいとの情念が蓄積されている。
それが外に向かえば、いじめ、虐待、暴力、非行へ、
内に向かえば、引きこもり、うつ、自傷、自殺へと志向する可能性が考えられます。

私のエピソードを紹介しましょう。(興味のない方は飛ばしてください)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・エピソード1―幼稚園に行きたくないと言った時(6歳くらい)
 母は怒りながら、髪の毛を持って引きずり回した。私は片道4キロの道を泣きながら歩いて幼稚園へ行った。
 (後に母曰く、「ここで一度許すと何度も休むようになると思った」。以後、私は大学に入るまで休むことはなかった)

・エピソード2―テレビ
 小学校低学年に、テレビを初めて買ったが、勉強しなくなるからと、ヒューズを抜かれてしまって見せてもらえなかった。
 (当時、昭和30年代に各家庭にブラウン管テレビが普及し、ヒューズが付いていた)

・エピソード3―習い事
 小学校低学年時代から、母が私のお習字に熱心になり、毎月の雑誌への投稿、競書会、展覧会はもちろんのこと、
 毎日、母が「良し」と言うまで寝させてもらえなかった。(締め切り前は夜中の2時3時)

・エピソード4―髪の毛
 髪が長くなると、三つ編みやリボンなどに興味が湧いて、勉強しなくなるとの考えから、
 肩まで伸びる前に、母がハサミで常に私の髪の毛をカットしていた。

・エピソード5―洋服
 ヒラヒラの可愛い洋服やピンクや赤色は着せてもらえなかった。
 母の手作りで白と緑色の洋服が多かった。

・エピソード6―クラブ禁止
 中学1年生―人数が足りないからと陸上部に駆り出されたが、帰宅が遅くなるからと辞めさされた。
 中学2年生―担任が軟式テニス部を作ったので、内緒で入部した。が、1週間後にバレる。
 疲れて勉強ができなくなるからと、母が勝手に担任に退部を申し入れ、1週間で退部となり、素振りだけで私のテニスは終わった。
 中学3年生―クラブはあきらめた(この頃から、自殺を考えていた)

・エピソード7―大学進学
 理学部数学科に進学したくて高校も理数科を選択した。
 にも関わらず母は、書道を選択した方が将来の見通しは明るいと、書道の恩師を巻き込み説得する。
この頃には、私は抵抗をあきらめ、完全に母に服従していた。
なぜなら、抵抗することに疲れていたし、金銭的な支援を断ち切られることへの恐れもあったからだと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すべてに共通する言葉は
「お前の将来のためを思って言ってるんだよ。」でした。
口癖は
「人に負けるな、いつも一番であれ」
「人以上になろうと思えば、人以上の努力をしなさい。人と同じことをしていては人並みにしかなれない。」

これは特別な例でしょうか。
現在の子どもたちも、塾、習い事、スポーツ、進学などあまり違いはないのではないでしょうか?
親が思い描く理想像を、子どもに押し付けていないでしょうか=それは親の理想像です。
自分が満たしてもらえなかった事を、子どもに与えようとしていませんか=それはあなたの欲望です。
子どもに幸せになってもらいたい=それは、あなたが幸せになりたいのではありませんか。
果たして、子どもさんがそれを欲望しているでしょうか?
子どもさんに聞いてみたことはありますか?

親は親であり、子どもは子どもであって親ではありません。
私は私以外の何者でもなく、子どもは私ではありません。
私以外は他者であって、私の思う通りにはならないものなのです。
女性は母になった時から、そのことを忘れてしまうのかもしれませんね。
母はいつか、子どもに舐められ、踏み台にされ、見捨てられる存在なのでしょう。
だからこそ、その根底には回帰する心の故郷としての価値を持つとも言えるのかもしれません。

テーマからずれました。
『子どものために』という言葉の裏側に「剥奪と服従と軟禁」が潜み、
それが子どもの心に「怨念と復讐」を植え付けている可能性があるかもしれないことを
考えてみたかったのです。

シニフィアン研究所では、PTSDの可能性がある方が増えてきました。
震災などとは違って、一見ありふれたように見える中に、
苦悩の原因が隠れています。
それは精神分析(セラピー)という語らいの場で初めて明らかにされるものが大半です。
もしやと感じられたなら、語ってみませんか?

シニフィアン研究所のHPを参照くださいhttp://signifiant-lab.com/PTSD(トラウマ)のサイトhttp://signifiant-lab.com/trauma/私と精神分析のサイトhttp://agency-inc.com/analysis6/不登校の子どものの母よりhttp://signifiant-lab.com/escape/

265)聞く=相手の言葉を受け入れる [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山県和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「聞く=相手の言葉を受け入れる」 について書きたいと思います。

『私の話をちっとも聞いてくれない』
かつて、母に対してこのように思ってました。
当時を、振り返ってみました。

いつも、母は、
母が思い描く「理想の子ども」になることを私に求めていました。
「お前のためを思って言ってるんだ」
「こんなに時間も、エネルギーもお金も注いでいるんだ」
「お前のために、どんなに自分の人生を犠牲にしてきたことか」
と、常に語っていました。
その結果
「田舎の優等生」ができあがりました。
自慢の娘の完成です。

この世界には『聞く(聴く)』は皆無でした。
会話はなく、一方的な押しつけと伝達しかありません。
話し始めると口をはさむことなど不可能。
黙って、終わるのを待つのみ。
最後は
「解った?」-「はい」
これで終了。

これでは、聞くのみで、聞いてもらう(語る)体験はできません。
聞いてもらうこと=語ること=自分を受け入れてもらうことではないでしょうか。
私が学習したことは
「沈黙」と「忍耐」と「はいと答えること」
ですから、素直なフリをすることは得意です。

こんな私が、母親になったのです。
ある時、娘から言われました。
『お母さん、私の話を聞いて!お母さんは、ちっとも私の話を聞いてない。自分のことしか言わない』と。
愕然としました。
私が子ども時代に
母に対して心の中で叫んでいた言葉でした。
それと全く同じ言葉を、娘から言われたのです。

精神分析を受け、先生から、「人は学んだことしかできない」と言われていました。
その時は、
「そりゃそうでしょう。知らないことはできなくて当たり前」と思ってました。
そのことが、このような形で納得することになるとは・・・

自分が母からしてもらっていないと(ここでは、聞いてもらう体験)は、
どんなに自分でしているつもりでも、できていない。
相手(子ども)は「聞いてもらっている」とは思えない聞き方しかできないのだと、痛感しました。

子どもは、様々な言動(=親にとって困った事柄)で、親の気づいていない部分を教えてくれます。
子どもは何を訴えているのか?
何を教えてくれているのか?
これらを
精神分析では、対話を通してひも解いていきます。

シニフィアン研究所のHPを参照ください。http://signifiant-lab.com/思春期の悩みhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/オールOK子育て法http://signifiant-lab.com/raise/不登校の子供の母よりhttp://signifiant-lab.com/escape/

252)自殺を決意したとき [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「自殺を決意したとき」について書きたいと思います。
私が「自殺」をすると決意した時の、不思議な心理状態と感覚です。
それは私だけなのか、共通するものなのかは判りません。
ただ、そこまで自分を追い詰めたとき、
それまでに無い心理状態と感覚を体験しました。
それだけは、今でも鮮明に覚えています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大津中2自殺問題をはじめ、連日のように、多くの青少年の自殺関連ニュースが報道されています。
・自宅マンションで中2転落死=飛び降り自殺か―茨城
産経新聞 7月30日(月)7時55分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120729-00000084-jij-soci
また、このようなニュースも目にしました。
・一生金ヅルしんどい・やっと楽に…自殺高1メモ
(大阪府貝塚市で昨年10月、同府泉佐野市在住の定時制高1年・川岸朋之さん(当時18歳)が自殺)
 「もっと生きたかったし。もっとみんなと遊びたかったし。もっと楽しい事したかった。死にたくない。死ぬのは怖い。でも死ぬしかないと思った。『生きる』選択肢が無かった。みんな相談もせんとごめん。今までありがとう」
 「(自殺場所近くの)二色浜到着。泣けてきた。今日で死ねる。やっと楽になれる」(昨年10月25日)
読売新聞 7月28日(土)18時51分配信http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120728-00000822-yom-soci

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どうして「自殺」を選択してしまうのか?
249)自殺を考える時―大津中学生いじめ、自殺に思う にも少し書きました。
「自殺」を考えた時、たいていの人が言う(書く)言葉が
『楽になる』と『ありがとう』です。
死ねたらどんなに楽だろう。
死んでしまったらこんなに苦しむこともなく、楽になれるのに。
死んで早く楽になりたい。
このような言葉を一度は聞きます。
そして、親しい人に対して「今までありがとう」と書きます。

私の場合を書きましょう。
高校生の時、生きる意味を見出せなくて「自殺する」と決め、遺書を書きました。
今ではその遺書の内容は覚えていません。
ただ、鮮明に覚えていることがあります。
それは自分の不思議な心理状態と感覚です。
自殺すると決めてからの時間は
とっても不思議としか言いようのない心理状態と感覚でした。

それまでは、
どうして解ってくれないのか。
どうしたら逃れられるのか。
どうしたらいいのか。
どうして?どうしたら?ばかりが頭の中を渦巻いていました。

ところが、一度「死ぬ」と決めた途端
周りの世界がまったく違って観えました。
平安と安堵の気持ちになり、透明ガラスの向こう側にすべてがあるように感じられました。
すべての感覚がちゃんとあるにも関わらず、
叱咤や罵倒の声も、笑い声もはしゃぐ姿も、雑踏も、皮膚感覚もちゃんとあるのに
すべてがガラスのようなものを通して感じられるのです。
今まで体験したことの無い、不思議な感覚でした。
そこに居ながらそこには居ない感覚。
そして、次にやってきたのが許しの気持ちです。
現実は何も変わらず、以前とまったく同じだけれど、
すべてを許せる気持ちになりました。
それまで抱いていた
「怒り」「苦しみ」「悲しみ」憎しみ」「恨み」「妬み」など
すべて消え去り、許せる気持ちがやってきました。
とっても不思議な心理状態と感覚でした。
それが
「ありがとう」の言葉になって表現されるのでしょう。

いじめられ、自殺していった彼らが
このような心理状態と感覚だったかは解りません。
ただ、死ねなかった私の個人的な
今でも鮮明に覚えている心理状態と感覚です。

当時を振り返って思うことは
あの時の私をまるごと受け入れ、良い悪いの判断をせずに、認めてくれる人がいたなら
あんなにも自分を追い詰めてしまわずに済んだのではないかということです。
そして、だれよりも、母がその人であったなら、
世界中の全ての人が敵になっても
きっと私は自殺など考えなかったと思います。

精神分析家となったのは、私の原点がここにあるからです。
すべての人が、生んでくれた母にオールOKして欲しい、と叫んでいると思います。
でも、もし、その声が届かなかったとするなら
一時的であるにせよ、代理母=母代行を引き受けます。
そして今、自分の体験を基に、
お母さんたちに「オールOK子育て法」を通して、
女性の素晴らしさと大切さを伝えています。
また、このことを一人でも多くの人に伝えるべく全国を行脚したいと奮闘中です。
それが、シニフィアン研究所の迎意 愛です。

シニフィアン研究所のHPはこちらです。
http://signifiant-lab.com/
オールOK子育て法はhttp://signifiant-lab.com/raise/
思春期の悩みはhttp://signifiant-lab.com/eatingdisorder/ 

250)タイガーマスク―みなしごのバラード [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「一人ぼっちーだれも解ってくれない」について書きたいと思います。

「だれも自分のことを解ってくれない」
「何のために生きているのか」
「生きている意味なんかない」
「どうせ一人ぼっちだ」
「どうなったっていい」
心の中でこのように叫んでいるのが、現在の青少年だと思うのです。
思春期には誰もが抱く想いかもしれません。
それが適切な形で発散できなくなった時
歪んだ行動で表現するしかなくなるのではないでしょうか。

私には常にありました。
特に、両親に対してです。
外見はごく普通で、親が少し教育熱心な家庭に見えていたと思います。
そんな中で私は
~親は私のことなんか、どうでもいいんだ~
~自分の都合のいいことしか考えていない~
~私なんかどうなたっていいんだ~
との想いを強くしていきました。
親の言いなりになるしかない弱者の存在
無力な自分
テレビでさえ自由に見せてもらえない
ことごとく過干渉で、まったく自由などない
≪私は一人ぼっち―だれも私の気持ちを解ってくれない≫
このように小さい胸を痛め、孤独を秘めていた小学生低学年の私

両親と同じ屋根の下に住んでいたけれど
でも、心は「みなしご」そのもの
だけど、それは誰も知らない、気付かない
自分だけの秘密

そんな時に耳に飛び込んできたのが
タイガーマスクのエンディングに流れる曲でした。
『これぞ自分だ!』
と思った記憶があります。
今でもその歌詞ははっきり覚えています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

みなしごのバラード    作詞:木谷梨男 作曲:菊池俊輔 唄:新田 洋 

あたたかい 人の情けも
胸を打つ あつい涙も
知らないで育った
僕は みなし児さ
強ければ それでいいんだ
力さえあれば いいんだ
ひねくれて 星をにらんだ僕なのさ
ああ だけどそんな僕でも
あの子らは 慕ってくれる
それだから みんなの幸せ祈るのさ(テレビではここまで)

吹く風が 冷たい時も
降る雨が 激しい時も
眼をあげて 明日に希望をかけたのさ
ああ だからきっといつかは
あの子らも わかってくれる
みなし児の 正しく生きるきびしさを
みなし児の 正しく生きるきびしさを
(うたまっぷ.comhttp://www.utamap.com/showkasi.php?surl=S02667から転載)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

誰かに理解されたい欲求=愛されたい欲求
誰にも理解してもらえない失望(愛されていないと感じる)が
一転して「攻撃心」を創り出すといわれています。
愛されたいのに、愛してくれない者への憤りが根底にはあるのです。
これを外に向かって出す必要があります。
「愛して欲しい」と素直に言えたなら、
そして、愛してもらえたならどんなに幸せな気持ちになるでしょう。
愛していないと言われたらもちろん、
愛していると言われても、愛されていると感じられなかったなら
それが憎しみへと転換し、攻撃心を生み出してしまいます。

それが外に向けば、例えば
スポーツなどで放出されるか、暴力やいじめ、殺人などで放出されることになるでしょう。
内に向けば、自己探求、哲学、精神分析であるし、
自傷、自殺、失踪などではないでしょうか。

特に思春期はこれらが表面化しやすい時期です。
痛ましい事故や事件、犯罪を見聞きするたびに
そこには
人の心への気付きのなさと、適切な表現方法を知らない姿を感じてしまうのです。
人の心の世界をもっと知ってみませんか。
そうすれば、自分の中にある疑問が解けるかもしれません。
「なぜ?」
との問いかけを大切にしてみませんか。

シニフィアン研究所のHPを参照くださいhttp://signifiant-lab.com/埼玉、和歌山、大阪だけでなく全国ドコへでも出張します。
スカイプ、電話、メールでもOKです。
スカイプでセラピー手続きマニュアルはこちらです。http://signifiant-lab.com/images/

249)自殺を考える時―大津中学生いじめ、自殺に思う [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、「自殺を考える時」について書きたいと思います。

大津中学生のいじめと自殺問題が、連日取り上げられ、
一部の掲示板では炎上と呼ばれる状況にまでなっているとのことです。
他にもいじめや自殺のニュースが毎日のように報道されています。

●「大津いじめ 26日から生徒聴取 滋賀県警、いじめ実態解明目指す」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120726-00000507-san-soci
●「中3男子にいじめ、鼻の骨折る…同級生3人逮捕」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120725-00000943-yom-soci
●「中2男子を殴る蹴る、同級生3人を逮捕・補導」
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120725-00000957-yom-soci

これらの問題に関しては、今後の警察や裁判に委ね、注視したいと思います。
と同時に、亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、被害に合われた関係者の方々の心中をお察しいたします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

「人はどのような時に自殺を考えるのだろう?」
それは≪生きる意味を無くした時≫ではないでしょうか。

ここからは、自殺を考えた高校時代の自分を振り返り
今思うところを書いてみたいと思います。

思春期には、だれもが一度は「自分の生きる意味」を問いかけるでしょう。
「私は一体何のために生まれてきたのだろう」
「私は一体何者か」
「私は一体何のために生きているのだろう」
アイデンティティー(自己同一性)への問いかけです。

私が「自殺」を考えたのは、高校2年生の時。
大学進学を控え、進路について迷っていた時です。
自分の進む方向と、周りからの期待との軋轢に苦しんでいました。
この時が初めてではありません。

なぜか、物心付いたときから
「これでいいのだろうか?」
との問いかけを持ち、生きる意味を模索していたように思います。
高校進学の時も、迷いはありましたが、
いよいよ大学進学を前にして
その問いかけが、一気に浮上してきたのです。

それまでは、
親の敷いた安全な道(親が安全な道であると考えていた道)を強要され
それに抵抗することを一切許されず、仕方なく必死で走り続けるしかなかった道。
それへの不満と疲れが
私の限界を超えたのでしょう。
抵抗ではなく、諦めでした。
「もう私にはこの道しかないんだ」
と思った瞬間
「この世から逃避するしか私の生きる道はない」
と確信しました。
そこから「自殺」を考え始めました。

その後、どのようになっていったのかは別の機会に譲るとして、
人が「自殺」を考える時、
それはきっと
辛いから、苦しいから、難題を乗り越えられないからではなく
「生きる意味を見出せないと思った時」ではないでしょうか?
どんなに苦しく辛くとも、
そこに何らかの意味を持てたなら
人は本来、誰もが、どんな艱難辛苦でも切り開いていくパワーを持っていると思います。
心が強いとか弱いとかではなく
生きる意味を持っているか、いないかだと考えます。

その一例として
自殺はもちろんのこと、
うつ、引きこもりなどの人たちが
精神分析によって、生きる意味を持った時
間違いなく歩み始める姿を、何人も見ているからです。


シニフィアン研究所では精神分析によって
生きる意味を持つお手伝いをしています。
興味をもたれた方はこちらまでご連絡ください。http://signifiant-lab.com/「思春期の悩み」のサイトも参照ください。http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/

246)新しいカテゴリー「宛名のない手紙」 [宛名のない手紙]

シニフィアン研究所(埼玉県上尾市&和歌山市)の迎意 愛(むかい あい)です。
精神分析という対話療法で心身の悩み相談をしています。
           
今日は、新しいカテゴリー「宛名のない手紙」の紹介をしたいと思います。
               
ネット社会になった現在、「手紙」は一部の伝達手段になってしまいました。
そんな中で、あえて「宛名のない手紙」というカテゴリーを追加しました。
このカテゴリーでは、
私個人の体験を基に、
現在見聞きするニュースを通して
さまざまな人間の心模様と、
その叫びとでもいえる赤裸々な生の声を書いてみたいと思います。

思春期には、様々な葛藤、悩み、苦しみを誰にも言えずに胸の内に仕舞い込んでいる。
時には、親友と呼べる誰かに話したりもするけれど、
深い胸の内は、心に秘めている。
そんな想いがある閾値に達すると
外に向かって吐き出さずにはいられなくなってしまう。
それが、例えば「いじめ」「自殺」「非行」「不登校」「引きこもり」ではないでしょうか。
今も昔も、大人への階段を上っていく過程で
その若いエネルギーをどのように発散し、活用するかが問われます。
そして、一歩間違えればとんでもない問題へと発展していきます。
そのことは、時代が違っても同じではないでしょうか。

≪みんな、悩んで大きくなった≫のです。

遠い昔、交換日記というものが流行った時代がありました。
気の合った友だち二人、もしくは数人(異性間でもあった)で
一冊のノートに自分の想いを書いて交換し合うもの。
それとは別に、
自分だけのノートを作り、
そこに詩やエッセー、小説、思いつきなどをしたためたもの。
それらは、誰かに読まれるために書かれたものではなく、
日の目を見ることもなく、大半は忘れ去られる運命にあるものです。
何かの機会に発見されて、当時を懐かしみ、
「この頃は、若かったなあ~」
と振り返る程度でしょう。

出すあてのない、自分の赤裸々な想いを綴った手紙のようなもの。
それでいて、間違いなく自分が一所懸命に生きた証のようなもの。
そんなノートをひっくるめて「宛名のない手紙」と名づけてみました。

その性質上、
私個人の赤裸々な告白となるかもしれません。
物心ついた時から「これでいいのだろうか?」と問いかけ
悩み、自分の生きる意味を問いかけ、死に憧れたこともあった。
遺書まで書いたのに、死ねずにまだしぶとく生きている。
そして精神分析家(インテグレータ)となった今も生きる意味を問い続けている。
そして、

人間になりたい
人間でありたい
人間として死にたい

そんな叫びを聴いている日々です。
それらを自分の体験に置き換えて伝えたいと思っています。

ご意見、ご感想はこちらまでお願いします。http://signifiant-lab.com/「思春期の悩み」http://signifiant-lab.com/eatingdisorder/「不登校の子どもの母より」http://signifiant-lab.com/escape/もあわせてご覧下さい。


宛名のない手紙 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は180日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。